↓下に行くほど新しくなります。

7月1日〜11日、札幌出張とセミナーを楽しみました 2003/7/11
梅雨明け間近の関東地方ですが、暑い日が続きます。

北海道は、梅雨もなく快適なシーズン。仕事をかねて休養してきました。
私の趣味は、下手なゴルフ。夏間近になると関東地方ではカートでも暑くてたまりません。せっかくの機会だから札幌でゴルフでもやろうと楽しみにしていたのですが、スコアーは場所が変わっても実力通り、輪厚、芙蓉の名門コースを堪能して終わり。

北海道には、友人も多く彼らと生ビールをグイー、こちらから合流した仲間とサッポロビール園で久しぶりのジンギスカンをこれでもかとむしゃぶりついてきました。おかげでせっかくダイエットしていた体重が元に戻る結果に。

札幌から帰った翌日には、泊まりがけの全国の工務店さん相手のセミナーをしましたが、皆さん、まじめに地元で仕事をしています。とにかく、前向きでよりよい建物を提供したいと考える仲間達。教わることの多い貴重な体験でした。

それから、お知らせです。
病気になる家、健康になる家の続編が評言社より7月20日頃、全国書店で発売されます。
一部を差し替え、内容もリメイクして、シックハウス法案の施工にあわせて 再度、認識をしていただけるようにと発売することになりました。あなたが、新築を考えているのであれば参考になるのでは。

でも、新築以上に注意してほしいのは・・・・
リフォームや増改築を考えているあなたです。

これから使ってはいけない、使用制限のある住宅設備や建材が、完全になくなったわけではないのです。おそらく、問屋や商社の倉庫の中には山のように在庫が残っていることだと思います。
この在庫、さすがに新築住宅には使えないはずですから、行き着く先はリフォームの
現場になるでしょう。

業者にとって、新築と違い「うるさくない」建築現場が多く、在庫処分の場所にされるおそれが強い。(六月までの工事物件は、新築でも無制限にこれら危ない建材で造られていたのですが)
在庫処分の場所にされないよう、くれぐれも注意しましょう。

日経新聞の記事に・・・      2003/7/13
日経新聞の記事に「デフレが蝕む」というシリーズがあります。
7月7日の記事には「100年インフラを築け」、「住」の安心で消費を解き放て、
長寿住宅は3世代のローンを軽減など とりあげています。

急ごしらえの連続は乱開発と質的に劣るインフラだけを残し、国民は生活の豊かさを実感できない。とありました。衣食を足りた日本人が未だに渇望しているもの。
それは豊かな住空間と美しい街並みではないだろうか。

国土交通省によると住宅の平均寿命は日本が30年。米国 96年、フランス 86年、英国 141年に比べて極端に短いのが実情です。住宅寿命を欧米並みの百年に延ばせれば、30年ごとに各世代がローンを背負って家を建て替える必要が無くなり、豊かな生活を送ることが出来る。・・・

こんな内容の記事でしたが、百年住宅を建てることについては、私も大賛成です。しかし、一方いつも言うことですが、デフレの時期だからこそ、目先の金額が安いローコスト住宅が多く建てられている。50年先の安心より、今の生活をとりあえず満足させればよい、と考える人、特に若い人たちによく見られる住宅購入の形です。

本当に、いつになったら記事に書いてあるようなストックとなり、生活を豊かにしてくれる住宅が出来ることか。これから、百年住宅をすべての住宅の新築時に求めることが可能だったとしても、今世紀の終わりにならなければ日本は、欧米並みの住宅資産を形成することは不可能なのです。
たしかに、核家族化が顕著に進む日本では、2014年まで世帯数が増加していきますが、そんな中でも、質を問わなければ すでに世帯数よりも住宅は600万戸も余ってしまっているのです。これらの空き家はゴミになり不法投棄される予備軍なのでしょうか。かなりの建物が、再生可能な住宅ではないのかと思います。

実は、この2ヵ月ほど築25年以上の古家といわれる建物を購入したくて、物件を探し続けていました。環境、街並みが整っていて住まいから見る外の風景が良いところ、しかも安い、そんな素人が望むかのような基準で見てきた数は、40件以上になっていたのです。
あるわけ無いよ、そんな都合の良い古家つきの物件。社員の冷ややかな視線や、不動産業者の声に耐え、やっと希望の物件に巡り会ったのです。
私以外の人すべてが、えーっ・・・・・・
声も出ません。不動産業者の物件説明は、土地67坪、古家付きとだけ書いてあったのです。詳しい経過は、この欄で時系列的にご紹介することとします。お楽しみに。

追伸
駅までの便の良いところで、周辺環境の優れたところはありません。そこは、窓からの景色も、日当たりや通風も完璧なくらいすばらしいのです。勿論、日常の買い物や小学校、幼稚園などすべてそろっている。
視点を変えると、解体される建物が、見事に甦ることになります。

電気屋さんもビックリ!       2003/7/18
何か変な最近の気候。
梅雨が明けないとはいえ、こんなに涼しい七月は記憶にありません。このままでは、お米も不作になるのではと心配してしまいます。

ぜいたくな事ですが、夏は夏らしくなんて思うのは私だけなのだろうか。ただし現場仕事をしている職人は雨さえ降らなければこんなに仕事が楽なことはないわけで、外仕事をしている屋根や外壁業者は喜んでいることだろう。

使われる仕上げや設備は常に最善なものを選択するようにしているため、協力業者の中には、当社の家造りの考え方が大幅に変わったことによって全く仕事がなくなってしまう人がいます。
何年か前に、ビニールクロス、塩ビの床材をすべて取りやめたことがあった。代わりにドライウォールを採用したわけですが、その際 この業者さんには新しい仕上げにチャレンジすることをおすすめした。
けれど、なかなか変えられるものではないらしい。

どういう訳かパートナーという会社は、設立当初からのDNAなのか、新しいことにチャレンジすることが大好きな仲間達が集まっています。
当然、一緒に仕事をする協力業者さんも、そしてお客様も新しいことに挑戦する方が多いのです。そして、お客様も理論派でマニアックな方達が集まってきます。どこで調べたのか知りませんが勉強好きな人たちが、当社にたどり着いているのかもしれません。

今回完成した、K様はそんなお客様の一人です。
当社の建物性能は、おそらく日本でトップクラスといっても良いと思っています。セントラルヒーティングも、建物性能が高いが故に少ないエネルギーで全館を快適空間に出来ていたわけですが、設備業者の方は様々な住宅会社を相手にしているため一般的な性能の住宅を前提にした設備計画となってしまうようだ。
これでは当社の住宅では過剰設備となってしまう。
せっかく無駄なエネルギーを使うことなく快適で耐久性、耐震性のある健康な住宅を造っているのに意味がない。

今回、K邸では一般電源である100ボルト5.6kwを使用して全館冷暖房と湿度コントロールをしてみました。しかも、レナード現象を起こしマイナスイオンで部屋の中を快適にする健康設備付きです。

すでに100件以上取り付けた実績を持つ設備だそうですが、彼ら(設備業者)が言うには「50坪もある住宅だから、予備で個別エアコンをリビングに設置させてほしい」という話だった。私は、過去多くの全館空調を取り扱った経験から一応コンセントは設置するものの、エアコンは必要ないと感じていました。

実際は、ドライ運転の室内温度設定28〜30度で十分快適な住宅が出来ています。設備業者からすると、今までの住宅ではそんな小さな設備で満足できるとは思わなかったようです、念のため詳細な現場検証をしてみたいとのこと。

私としても、小さな設備で快適な住宅ができて、光熱費も安く住むことを他社から実証してもらう良い機会と考えています。
検証の結果は近々、ご報告したいと思います。

電気屋さんもビックリ!  検証編       2003/7/20
おまたせしました。やっとデーターがまとまってきました。

「やっぱり。」

私の想像が当たっていた。
温度差はほとんど無く50坪の家の部屋 全てが同じ温度になっている。

電気(設備)屋さんは「うっそー」・・・・・言葉も出ない。
「こんな、データー 過去やった住宅では考えられない」という。
やっぱり、住宅性能は正直なのだ。

川越市に建てたK邸。2×6のアイシネン(低透湿現場発泡断熱材)を使った内断熱住宅。窓は、シャノン樹脂サッシ、一階の床は蓄熱床を採用した住宅になっている。

測定日は平成15年7月13日
外気の温度は 27.4℃
外壁温度    25.4℃
設定温度    20.0℃

室温測定結果
測定場所 天井温度 床温度
1階 リビング 21.4(℃) 21.4
    キッチン 21.6 21.4
    ホール 21.3 21.4
    洋間 21.5 21.6
    洗面所 22.1 22.0
    廊下 22.1 21.7
    階段 21.9 21.7
2階 主寝室 22.2 22.1
    洋間 21.9 21.9
    廊下 21.7 21.6

1階での最大温度差は0.8℃、2階は0.6℃、家全体での温度差も0.9℃しかないのです。

念のため、小屋裏の温度も計ると
小屋裏温度  天井23.9℃  床23.3℃

普通、冷暖房の設定をしていない小屋部分は、屋根の熱の影響を受け、外気温よりも遙かに高温になるのが普通。
こんな数値は、経験豊富な測定担当者でも想像を超えていたようだ。

これからも、継続してK邸の測定をしていきますが、併せて冷暖房と換気に使用した電気代も報告したいと思います。様々な使い方の中で、一番快適で電気代の安い方法が見つかるのではないでしょうか。

このように、すばらしいお客様に協力していただけることで、益々 価値のある住宅を求めていくことが出来るのです。

感謝。


  ニュータウン 今昔、       2003/7/25
昭和45〜50年頃、全国のあちこちにニュータウンが誕生した。
あれから30年、街はどのように変化していっただろうか。

交通の便の良いところ、悪いところ、様々な環境の中で住民の移動・変化がある。なかでも大きな変化は入居した当時30代だった多くの住民がリタイアしていることだ。子供のために作られた幼稚園や学校、公園など昔のように活用されることは少なくなっている。これから迎える日本全体の少子高齢化の縮図がここにある。

右肩上がりの時に作られた仕組みや施設。これからは、どのように活用していくのか、ハードではなくソフトが一番必要なのではないか。古くなったから、使いにくいから壊して新しくしていく。時代は刻々と変化をしていくのに考え方だけは変えることが出来ないようだ。

一度に変えれば変えるほど次の時代に対応できない物や仕組みになってしまう。住まいだって同じ事がいえる。家族は、成長し 離れていく。「住まいだって成長する」そんな家を造りたい。

住む人にとっては故郷といえるほど、30年という歳月は長い。しかし、不思議なことにニュータウンの住民の多くは、別に心の故郷を持っている。
不思議だよね。どこに長く住んでいたか。「長く住んだ」それだけでは、心の故郷にならない。子供の頃、過ごした場所。

私にとっても、生まれてから故郷を離れるまでたった十年しか住んでいない。そんな千葉県の漁村が今でも故郷です。数日前のことさえ思い出せないのに、半世紀前の出来事を鮮明に思い出すことが出来る。

ニュータウンは、今そこで育った子供達にとって大切な故郷になっている。今は、違うところに住んでいても、幼い頃過ごした街の風景や友達達。いつでも、帰れる故郷として大切に守ってあげたいものです。

すべてを変えることばかりではなく、大切な物を守りながら家も街も成長していけばよい。そんな気持ちで、30年を経たニュータウンの今昔を取り上げてみます。

http://www.town.hatoyama.saitama.jp

昭和49年から入居が開始された埼玉県比企郡鳩山町にある鳩山ニュータウン。平成15年7月1日現在、鳩山町の人口は16,695人、世帯数5,440 驚くことに、その中で鳩山ニュータウンは、人口で9,432,世帯数3,208 となっている。

半数以上が、このニュータウンの人たちで占められている。比企丘陵に開発されたこの町は、学園都市としての先進性と環境が見事に融合している街だ。確かに、都心へのアクセスは良いとはいえない。残念なことに環境と便利さは相反する物。

住まいに何を求めるのか、便利さを求めるのであれば狭くて、環境が悪くても市街地の一戸建てかマンションを選択すればよい。しかし、子供達に残せる故郷としての思い出や、環境を大切にするのであればここほど、整ったところは少ない。団地協定が信じられないほど守られていて、ルールさえ守れば、こんなに環境の良いところは少ないだろう。

  続 ニュータウン 今昔、       2003/7/28
30年前のニュータウン

30年前と言えば、私が自動車業界から住宅業界に変わった時期。
畑違いではあったが、ともに営業畑。しかも、個人としては今でも高金額物件であることは変わらない。
当時、車は、あこがれの存在。一家に一台そんな時代はまだまだ遠い時代でした。ましてや、マイホームは夢の時代であったのです。

当時は、注文住宅といえばほとんどが木造で作られていた時代。
Mホームなんて言っても、所詮木造の物まねと思われていた。
「な〜んだ、プレハブか」
何度 この言葉を聞いたことだろう。

たしかに、プレハブは天井も低く、安普請と思われても仕方ない住宅が多かった。木造も、プレハブも新築建物の大きさは25坪が普通。
鳩山ニュータウンの分譲建物もその平均的な住宅といえる。

現在のマイカー時代を想定できなかったようで基本的にバスが駅へのアクセス手段となっている。敷地内に駐車場を作ることのないまま分譲したようだ。
一家に2台、3台となった今の時代、新たな駐車場をどのように作るかが問題の場所が多くある。30年前にはその団地の中で買い物や郵便局、警察、銀行など必要な物がすべて完結するように計画されていた。
車時代になって、周辺に新たなスーパーや病院など出来たため、団地内の商店の中にはシャッターが降りたままになっている店もある。

鳩山ニュータウンの大変優れていることは、環境と景観、敷地も平均60坪はあることだ。特に30年も前でありながらメーンストリートは車道と歩道が分離され、電柱が裏通りにまとめられているうえテレビアンテナもCATVが導入されている。だから、団地の景観がすっきりとしている。

丘陵地域に開発されたため、団地全体の表情も起伏があり豊か。当時の開発者の優れた思想が脈々と生きています。30年かけて育った街路樹や庭の木も緑豊かな団地の印象を与えている。

肝心の、当時の建物ですが私は団地内で3件の建て替えを手がけてきました。びっくりしたのは、基礎も木材もしっかりとした物で作られていたことです。
図面などの記録も整備されていて、分譲開発した会社の姿勢が評価できるのです。その中に建てた家も同じようにしっかりとしていた。
だからこそ、やみくもに古くなったから壊すのではなく、一度は手を加えることで長持ちさせることを考える価値のある住宅だといえます。

  地価下落のメカニズム        2003/7/31
「年収300万円時代を生き抜く経済学」森永卓郎著・光文社より抜粋

−−−いま起きている地価の下落は、バブルの精算を通り越している。

2002年11月に発表された『経済財政白書』に掲載された理論地価と現実の地価グラフです。収益還元法で決まる理論地価は、現実の地価を実によく説明している。図でも分かるように1981年87年、93年から96年については、理論地価と現実地価がほぼ同じと言ってもよいだろう。
ところが、現実の地価と理論地価が乖離している期間が二つある。
88年から92年と、97年から2001年である。88年から92年の期間は、現実の地価が理論地価を大幅に上回っている。ご存じのとおり、バブルが発生した期間である。

一方、97年以降現在までの期間は、現実の地価が理論地価を大幅に下回っているのだ。特に、2001年は理論地価が現実の地価の2.3倍という大幅な乖離が生じているのだ。
91年のバブル最盛期のとき、現実の地価は理論地価の1.8倍だった。いま起きている地価下落の異常さは、10年前のバブルのときよりも、はるかに大きいのである。
なぜそんなことが起きているのか。そのメカニズムはバブルの発生時と完全に同じである。

よく、バブルの時には、人々は集団的熱狂状態だったと言われる。しかし、それは人々が狂っていたということでは決してない。
バブル期には、一般のサラリーマンまでが6000万円とか8000万円といった、いまにして思えばとんでもなく高い価格のマンションを買った。しかし、そうしたマンションを買ったサラリーマンも当時から「高いな」とは感じていたのだ。それでも買ったのは、「来年になったら、もっと上がる」と思ったからだ。特に不動産投資で儲けようとしたのではない。
単に「来年になったらもう買えなくなってしまう」という恐怖があったから、無理してでも買ったのである。いま起きていることはちょうどその裏返しだ。

土地の値段がまだ下がると皆が思うので、買い手がつかない。だから地価が下がりつづけてしまう。完全な「逆バブル」の発生である。
明らかに異常な地価下落が起きているのだ。−−−

私の実感も、まさにその通りです。
ビルトインカーポートだけでも100万円では出来ないのです。
ニュータウンの造成に必要な金額を考えても、現在の地価はまさに安すぎ。
しかし、安すぎる価格は供給を止め、必ず適正地価まで戻ります。
問題は、それがいつのことか見えないことです。